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広島地方裁判所 昭和44年(行ウ)38号 判決

原告 岩城久吉 外二三二名

被告 広島県知事

訴訟代理人 木村要 神田良実 長沢文雄 外六名

主文

一  請求の趣旨1項及び3項の訴をいずれも却下する。

二  請求の趣旨2項の請求を棄却する。ただし、同項に記載の各換地処分は、いずれも違法である。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その一を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、昭和四四年六月上旬ごろ、土地区画整理法八六条一項により決定した広島平和記念都市建設事業西部復興土地区画整理事業(一工区)の換地計画及び右換地計画に基づき、同年七月上旬ごろなした一工区の換地処分全体を取消す。

2  被告が、原告らまたはその先代らに対しそれぞれなした、昭和四四年七月七日付換地処分通知及び同年八月一九日付換地処分変更通知(それぞれ別紙換地処分通知一覧表に記載のとおり)に記載の各換地処分をいずれも取消す。

3  被告が、昭和四四年八月一九日、前記一工区の換地処分全体につき同法一〇三条四項によりなした換地処分の公告を取消す。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本案前の申立

1  本件訴のうち、請求の趣旨1項及び3項の訴をいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、別紙換地処分通知一覧表記載のとおり、同表記載の各土地につきそれぞれ所有権を有しているものである。ただし、別表(一)に記載されている各原告は、同表記載のとおりの経過で、換地処分通知の名宛人からそれぞれ相続により権利を取得したものである。

2  被告は、昭和四四年六月上旬ころ、土地区画整理法(以下単に「法」という。)八六条一項により、広島平和記念都市建設事業西部復興土地区画整理事業(一工区―以下「本件整理事業」という。)の換地計画(以下、「本件換地計画」という。)を決定し、同年七月初旬ころ(一部原告に対しては同年八月一九日)、この換地計画に基づき、原告らを含む右工区内の関係権利者に対し、別紙換地処分通知一覧表記載のとおりの換地処分または換地処分変更の通知をして、それぞれ換地処分(以下、「本件換地処分」という。)をなし、同年八月一九日その旨の公告をした。

3  しかしながら、本件換地計画には次のような数多くの違法があるので、それ自体全体として取消されるべきであり、本件換地計画に基づきなされた本件換地処分は、原告らに対してなされた換地処分を含め全体として取消されるべきであり、また本件換地処分につきなされた公告(以下、「本件公告」という。)も当然取消されるべきである。

4  違法事由

(一) 平均減歩率について

(1) 被告の公表した平均減歩率二割六分二厘は、土地区画整理事業史の例からみて高率であり、しかも人類最初の原爆を受け肉親を失い、動産を奪われ再起のために残つた唯一の財産である被爆地帯の土地に対してまことに苛酷な処分である。

(2) 原告らを含む地主らは、このような苛酷な減歩を受けたうえ、莫大な徴収金を取られたり、あるいは僅かの交付金を受けるにとどまり、いずれにしても財産権の重大な侵害を受けている。

(3) したがつて、右のような高率な減歩を決めた本件換地計画は、明らかに憲法二九条の財産権保障の原則に違反するものである。

(二) 未指定地について

(1) 未指定地を発生させたことの違法

イ 昭和二二年ごろから昭和二四年ごろにかけて、被告より仮換地指定がなされ、その当時の計画では公園、緑地、街路等とされていたものが、後の事業計画の変更により、これらが縮小されたこと等のため、推定一一万坪以上(県の公表資料では約六万二〇〇〇坪)の剰余地が生じたところ、被告はこれを未指定地と呼称した。

ロ 未指定地という名称は、法令上も存しないし、施行者において仮換地の指定が殆んど終了し、実際上変更が困難な段階になつて事業計画を変更し、かような事実上の未指定地を一一万坪余も生じさせたことは、重大な違法である。

(2) 未指定地処理の違法

未指定地一一万坪余は、施行者において勝手に処分できるものではない。このような土地は、減歩された地主に対し按分して返還すべきであつたのに、被告は違法に処分した。

(三) 測量増地について

本件整理事業において、被告は、元地地積を実測せず、土地台帳記載の地積によつて従前の土地各筆の地積を決め、これにより本件換地計画を定め、本件換地処分を行つている。そのため約三万二二〇五坪の測量増地が生じたが、このようなずさんな手続は、関係権利者の権利を侵害するものである。また、右測量増地は、これを元地所有者に按分して返還すべきものであるのに、被告は違法に処分した。

(四) 一坪・二坪換地について

(1) 本件土地区画整理においては、事業計画の変更により公共施設の計画が変更され、前述のように一一万坪以上(県の公表資料によれば約六万二〇〇〇坪)の未指定地が生じたが、このような場合、その土地は減歩された地主に按分して配分すべきであつて、換地設計そのものを変更すべきであつた。

(2) しかるに被告は、右未指定地や、前記測量増地の処分の一方法として、一坪換地、二坪換地という全国に例を見ない方法を考え実施した。その内容は、特定の未指定地を処分するために、この土地を仮換地ということにし、県有地に属する別の一坪又は二坪の微細な土地を右仮換地の元地ということにして、右元地の売買という形にして、実質は仮換地の売買をしたのである。例えば、甲所有の本件工区内の土地(宅地)六六平方メートルを、昭和二三年三月二〇日広島県が売買により取得し、昭和三三年一月一〇日これを一〇筆に分筆登記し、その一筆六・六平方メートル(二坪)を同年三月一四日乙が広島県から売買により取得し、この二坪の土地を元地として、乙は同工区内に一一九・五九平方メートル(三六・一二坪)の土地を換地として取得したという形にしたのである。

(3) その精算は、昭和三〇年の時点で行うというのであるから、結局一坪・二坪換地は、これを全体としてみると、被告が処分できない未指定地等の土地を、区画整理前の土地所有者の負担で、極端に低廉な価格で売却するということなのである。このような扱いで処分された土地が本件工区内全体で六〇七筆もあり、元地合計六七二坪が二万四〇一三坪の換地になつている。増換地が許されるのは過小宅地救済の場合(法九一条)と公共の用に供する施設のための特別な宅地の場合(法九五条)のみである。

一坪・二坪換地は、被告が自ら作り出したものであるから、自ら作り出した過小宅地を救済するため、極端な増換地をすることは、一般の地主の権利を侵害するもので、法八九条の照応の原則に違反し、また憲法二九条の財産権の保障に違反するものである。

(五) 増換地について

本件では、土地区画整理委員となつている者、その他特別の者に対して、元地(従前の土地)が過小宅地でもないのに、おおむね現地換地がなされ、しかも元地より地積が増加した換地を受けている者が約九〇〇人もいる。かようなことは、大部分の地主が減歩を受けているのに、一部の者のみが、事業の機会を利用して他の地主の土地をかすめとつたことになり、公平の原則上許されないことである。

(六) 飛換地について

別の工区から本件工区(一工区)内に飛換地されたものが約一万坪ある。しかし飛換地は、工区間に減歩率の甚だしい不均衡がある場合、減歩率の高い工区にある元地につき、それの低い工区に換地することが許される例外的な処分である。本件整理事業においては、何等合理的な理由がないのに飛換地を行つている。したがつて、被告がなした本件飛換地の処分は違法である。

(七) 広島市有地に対する換地について

本件事業では、広島市に対し、普通財産たる市有地につき、一万七〇〇〇坪の増換地がなされているが、これは本件整理事業のどさくさにまぎれて行われたもので、火事場泥棒的な処分であり、断じて許されない。

(八) 保留地について

本件整理事業においては、前記の未指定地、測量増地から、保留地一万五〇〇〇坪が捻出されているが、それには次の如き問題がある。

(1) 広島平和記念都市建設事業西部復興土地区画整理事業施行規程(以下単に「施行規程」という。)六条によれば、「事業費は全額県において負担する。」と規定されている。したがつてこの規定からして保留地を設定すること自体が許されない。

(2) 昭和四四年五月二八日被告作成の清算金総括表によると、本件整理事業の施行の前後の宅地の価格総額の差は零となつている。したがつて本件において保留地を設定することは、法九六条の規定により許されない。

(3) 被告は、事業遅延のため事業資金に充てる必要上、保留地約一万五〇〇〇坪を定めざるを得なかつたと主張しているが、事業の遅延は被告の責任であつて、この責任を一般地主に転嫁することは許されない。

(4) 被告は、右保留地を昭和三〇年時点の時価で処分し、買主に不当な利益を与え、地主に莫大な損害を与えている。

(九) 評価時点について

被告は、清算評価時点を昭和三〇年三月時点としているが、これは全くのごまかしであり許されない。清算金の実質は損失保償金であるから、支払が現実に履行されるときの時価でなさるべきであり、施行者においてほしいままに基準時を決定する権限を有するものではない。

(一〇) 各筆の評価について

本件整理事業の対象となつた土地各筆の清算金算出の基礎となる各筆の単位面積当りの評価の算出が全くでたらめであり、徴収又は交付金は、何らの基準もなく、担当官のその場の思いつきで算出されており、公平の原則に反する。

(一一) 国道、平和公園等のただ取りについて

本件工区内に存する国道二号線敷地、平和公園、一〇〇メートル道路等別表(二)記載の各公共施設の土地については、本来国、県、市の各管理者において、その取得土地につき正当なる対価を支弁すべきである。しかるに、国、県、市は、本件整理事業のどさくさにまぎれて、何ら対価を支弁することなく莫大なる土地を盗み取りしている。これは明らかに憲法二九条に違反する。

(一二) 換地各筆の照応について

原告らの元地と換地とを比較すると、その位置、地積土質、水利、利用状況、環境等いずれも換地の方が極端に劣つている。したがつて、法八九条の照応の原則に違反していることは明白である。

(一三) 舟入川口町、西川口町及び舟入幸町の一部について

本件工区内にある右の地区は、昭和九年組合施行により区画整理がなされた地域であり、重ねて区画整理を行う必要は殆んどなかつた。

したがつて、関係者は終始反対してきたが、被告はこれを無視して本件整理事業を強行し、莫大な土地をただ取りした。

右地域には工事設計上道路拡大がなされたことになつているが、現実には全然実施されず従来どおりで、しかも土地だけとられた地域が約六〇〇〇坪もあるし、道路が従前より悪くなつたところも多い。したがつて、右地域についての換地計画は違法である。

(一四) 換地計画決定前の仮換地指定について

被告は、換地計画を作成決定する前に換地予定地的仮換地を指定し、次々に工事を実施し、広島市の街並が完全にできあがつてから換地計画を作成し、利害関係者の縦覧に供してこれを決定した。

このようなことは法の許さないところであり、その本質においても利害関係者の意見陳述権、意見について審査を受ける権利を奪う反動的なものであり、民主々義の根本精神に反するもので違法は明白である。

5  よつて原告らは、請求の趣旨のとおり、本件各処分の取消を求める。

二  本案前の申立の理由

1  原告らは、本件換地計画及び本件換地処分全体の取消を求める訴の利益を有しない。

(一) 本件換地計画は、本件整理事業の青写真たる性質を有するにすぎず、未だ訴訟事件としてとりあげるに足るだけの事件の成熟性を欠くから、これの取消を求める法律上の利益を有しない(最高裁昭和四一年二月二三日大法廷判決民集二〇巻二号二七一頁)。

(二) また、本件換地処分は、関係各権利者に対して、関係事項を通知することによつて、関係各権利者ごとにそれぞれ換地処分の効力が生ずるものであるところ、原告らは、いずれも原告ら各自に対する換地処分の無効確認を求めているから、原告ら以外の第三者に対する換地処分の取消しを求める法律上の利益は全く存しない。

2  本件公告は、抗告訴訟の対象とはなり得ない。

(一) 法一〇四条では換地処分の公告により権利関係確定の効果が生ずるとされているが、換地処分は、関係各権利者に対して換地計画において定められた関係事項を通知することによつて換地処分としての効力が生ずるものであり(法一〇三条一項)、右公告は、単に換地処分をした旨を公告するにすぎないのである。

すなわち、右公告は、抽象的、一般的に換地処分のあつたことを公表するにすぎないのであつて、特定の権利者に対する具体的な処分では決してないのである。それにもかかわらず、右公告により権利関係確定の効果が生ずるとしたのは、実は、換地処分の効果を一斉に発生させるための便法であり、それは法が特に付与した公告に伴う付随的な効果にしかすぎないものである。したがつてかかる抽象的、一般的な公告という行為は、抗告訴訟の対象とはなり得ない。

仮に、右公告に対しても抗告訴訟を認めると、換地処分に対して不服な者によつて一旦右公告が取消された場合、換地処分に対して不服でない第三者との関係においても、右公告の効果が生じないこととなるのであつて、このような訴訟が現行訴訟法上許されないことは明らかである。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、前段は認めるが、後段ただし書以下は不知。

2  同2は認める。なお、被告が法八六条一項により本件換地計画を決定したのは、昭和四四年六月二日であり、本件換地計画に基づき原告らを含む施行地区内の関係各権利者に対して関係事項を通知したのは、同年七月七日付である。

3  同3は争う。

4  同4のうち、

(一) (一)については、平均減歩率が二割六分二厘であることは否認し、その余は争う。

(二) (二)については、未指定地が一一万坪余であることは否認し、その余は争う。

(三) (三)については、元地の地積は原則として土地台帳記載の地積によつて定めたこと及びその結果三万二二〇五坪の測量増地が生じたことは認めるが、その余は争う。

(四) (四)(一坪・二坪換地について)のうち、主張のような一坪・二坪換地を実施したこと、その取扱いは、一工区全体で六〇七筆あり、元地合計約六七二坪三合七勺が二万四〇一三坪二合三勺の換地になつていることは認めるが、その余は争う。

(五) (五)(増換地について)は争う。

(六) (六)(飛換地について)のうち、他工区から一工区内に飛換地した換地地積が約九三〇〇坪あつたことは認めるが、その余は争う。

(七) (七)(広島市有地に対する換地について)のうち、広島市が一万六八一八坪の増換地を取得していることは認めるが、その余は争う。

(八) (八)(保留地について)のうち、保留地が約一万五〇〇〇坪あつたことは認めるが、その余は争う。

(九) (九)(評価時点について)は争う。

(一〇) (一〇)(各筆の評価について)は争う。本件整理事業においては、路線価式評価法を用い、客観的且つ合理的に各筆の評価を行つた。

(一一) (一一)(国道、平和公園等のただ取りについて)のうち、別表(一一)記載の面積の点は認めるが、その余は争う。

(一二) (一二)(換地各筆の照応について)は争う。

(一三) (一三)(舟入川口町、西川口町及び舟入幸町の一部について)のうち、広島市舟入川口町、西川口町、舟入幸町の一部について、昭和九年組合が区画整理事業を施行して完成させたことは認めるが、その余は争う。

四  被告の主張

1  本件整理事業の経緯について

(一) 事業の着手

(1) 第二次世界大戦における戦災により焼失または破壊された全国各都市の復興は、国家再建の基礎であり、重要且つ緊急に実施すべきものであることに鑑み、政府においては昭和二〇年一一月五日、内閣総理大臣の直属の機関として戦災復興院が設置され、同年一二月三〇日には、「戦災地復興基本方針」が閣議決定され、昭和二一年九月一一日には、特別都市計画法(昭和二一年法律第一九号)が公布・施行された。

当時の法制では、都市計画及び都市計画事業は旧都市計画法(大正八年法律第三六号)により、土地区画整理は同法及び耕地整理法(明治四二年法律第三〇号)により行われることになつていたが、右特別都市計画法は、戦災を受けた市町村につき特例を定めたものである。

(2) 広島市は、周知のとおり、昭和二〇年八月六日世界最初の原子爆弾の投下により、市の中心部が半径約二キロメートルにわたつて焼失し、焼失面積約四〇〇万坪、被害戸数約六万九〇〇〇戸、死者、行方不明者合わせて二〇数万人という被害を受け、市街地は一瞬にして廃墟と化した。

そのため広島市には、戦災復興事業が実施されることとなり、昭和二一年一〇月九日内閣告示第三〇号をもつて、特別都市計画法一条三項の規定による戦災復興都市としての指定がなされた。これと並行して旧都市計画法三条の規定により特別都市計画が次のとおり決定された。

広島復興都市計画街路(昭和二一年一〇月四日戦災復興院告示第一九八号)

広島復興都市計画土地区画整理区域(同日同告示第一九九号)

広島復興都市計画公園(同年一一月一日同告示第二三七号)

また、これと同時に、旧都市計画法三条の規定による特別都市計画事業及び毎年度執行すべき特別都市計画事業(執行年度割)の決定がなされたが、広島市の被害は甚大であつたため、広島復興都市計画土地区画整理区域を二分し、西部を広島県知事が、東部を広島市長が各別に施行することとなり、それぞれ次のとおり決定された。

広島特別都市計画事業西部復興土地区画整理及びその執行年度割決定(昭和二一年一一月一日戦災復興院告示第二四一号)

広島特別都市計画事業東部復興土地区画整理及びその執行年度割決定(同日同告示第二四三号)

右特別都市計画の決定及び特別都市計画事業の決定に引続き、施行者である広島県知事においては、特別都市計画法施行令(昭和二一年勅令第四二二号)一〇条の規定により土地区画整理施行地区の告示(同年一一月一五日、広島県告示第三〇九号)を行うとともに、設計書及び施行規程の作成を急ぎ、それぞれ次のとおり告示した。

広島西部復興土地区画整理設計書の告示(昭和二二年六月一〇日広島県告示第二〇六号)

広島特別都市計画事業復興西部土地区画整理施行規定の告示(同年八月二九日広島県告示第二八七号)

(3) 本件整理事業については、右のような法定手続と前後して、その実施に必要な各種の準備が行われた。すなわち、昭和二一年二月には、本件整理事業を実施する機関として、広島県広島復興事務所が設けられた。また昭和二二年一月三〇日には、特別都市計画法一一条により土地区画整理委員会の委員の選挙が行われた。更に、昭和二一年度から戦災地応急対策事業として市街地に山積する瓦礫等の清掃を行う一方、施行地区内の現形測量、土地台帳の調査など土地区画整理事業の施行に必要な調査も行われた。これらは、現在では到底想像することもできないような終戦直後の社会情勢の混乱と、物資、人員の不足のもとにおいて行われたものである。

当時は、原爆の被害によつて、施行地区内の土地は瓦礫におおわれていて、現地で土地の境界を確認すべき由もなく、また、土地所有者は死亡又は離散していて所在不明者が多数にのぼつていた。一方、広島県の庁舎も原爆の被害を蒙つたため、職員の不足に加えて紙一枚にまで苦労する状態であつた。このような情勢のもとにおいては、一筆ごとに土地所有者の立会を求めて実測を行うことは不可能であつた。被告は、昭和二二年初め、施行地区の外郭線内を一括測量してその面積を算出した。次いで瓦礫を片付けて道路等の公共用地と宅地との境界を明らかにしたうえで、公共用地を測量した。一方、各筆の宅地面積は原則として土地台帳の面積によることとした。施行地区全体の実測面積から公共用地の実測面積を差し引いたものが宅地の実測面積となるが、これと台帳面積との差は、当時の施行地区内では、四万〇八一二坪七合一勺であつた。その後施行地区の縮小と工区の分割があつたので、換地処分時における一工区の施行地区内では、それは三万二二〇五坪八合三勺となつた。

(二) 仮換地の発表

(1) 土地区画整理事業においては、工事に先だつて仮換地(特別都市計画法では「換地予定地」と呼んでいたが、土地区画整理法九八条の仮換地と実質的に異なるところはないので、以下換地予定地を含めて「仮換地」と呼称することとする。)の指定が、各人ごとに通知して行われるのが通常である。本件事業においては、この仮換地の指定に必要な「換地準則」及び「過少宅地並過少借地の取扱準則」が、土地区画整理委員会に諮られたうえで、昭和二二年三月に定められた。

(2) 戦災復興土地区画整理事業は、戦災都市復興の礎をなすものであり、その早急な実施が望まれていた。一方、疎開していた人々や外地からの引揚者が続々と広島に帰り、焼跡にバラツクを建てはじめ、仮換地の発表を待ち望んでいたときでもあつた。右のような事情のもとで日夜作業を急ぎ、復興のテンポの速い市街地の中心部から逐次仮換地の発表を行つた。右仮換地の発表は、昭和二二年九月から昭和二四年三月までの間に、当時の施行地区のうち福島川廃川敷、己斐町及び庚午町の一部を除く全区域について行われた。そして法に基づく仮換地の指定ができ得る状態になつた区域から部分的に仮換地の指定を行つた。

(三) 計画の再検討

(1) 本件整理事業は、前述のような経過をたどつて実施に移され、鋭意進められたが、その後における社会事情の変化は戦災復興事業にも大きな影響を与えるところとなり、数回にわたり事業計画の変更を余儀なくされた。

すなわち、戦後におけるインフレの激化により物価の高騰は甚だしく、このため事業費は増大し、資材の調達は困難を極め、一方、仮換地の指定中途においてバラツク等の建築が急増し、仮換地指定、建物移転、街路工事等の作業も意の如く進まなかつた。加えて、相次ぐ台風による災害の復旧も余儀なくされ、戦災復興事業の財源が圧迫された。更に昭和二三年には、いわゆるドツジ構想による経済安定九原則が当時我が国を占領していた連合国軍(以下「連合国軍」という)総司令部から示され、インフレ防止のため均衡予算が強く要請されるところとなつた。

政府は、右経済安定九原則に即応して戦災地復興計画基本方針を再検討した結果、昭和二四年六月二四日「戦災復興都市計画の再検討に関する基本方針」を閣議決定し、同日付で「戦災復興都市計画再検討実施要領」が建設省都市局長から各都道府県知事あてに通達された。右再検討の基本方針は、要するに、街路、公園、緑地等の計画及び土地区画整理事業を施行すべき区域をできるだけ縮小し、もつて事業の促進に資することであつた。

(2) そこで広島市についても、右再検討に関する基本方針に沿うように既定計画が再検討され、前記「広島復興都市計画街路」(昭和二一年戦災復興院告示第一九八号)及び「広島復興都市計画公園」(同年同告示第二三七号)などの変更を含む「広島平和記念都市建設計画」が昭和二七年三月三一日に決定された(昭和二七年六月五日建設省告示第七六八号)。その内容は、公園の縮小を主とする公共施設縮小のための計画変更であつた。なお、前記名称の変更は、閣議決定と時を同じくして、広島市を平和記念都市として建設することを目的として、広島平和記念都市建設法(昭和二四年法律第二一九号)が制定、公布されたことに伴つて右告示により広島復興都市計画は広島平和記念都市計画と名称が変わつたものである。

(3) 右の計画変更によつて公共施設の計画が大幅に縮小されたこと等に伴い、いわゆる未指定地が生じ、その面積は昭和二八年ごろにおいて六万〇三六〇坪であつた。

この未指定地の処理については種々検討が加えられ過小宅地について不換地とする方針であつたものを変更して換地を交付すること及び従前の宅地面積が大であるもので特に地積を大幅に減じていたものを通常の換地計算による地積に変更すること等の措置を昭和二七年から講じた。また、いわゆる一坪・二坪換地については、昭和三一年一月に土地区画整理委員会の意見を聞いてその方針を決定し、未指定地売却基準を定め昭和三二年度からこの措置を講じた。

(四) 土地区画整理法の制定

昭和二九年五月二〇日には土地区画整理法(同年法律第一一九号)が制定、公布され、昭和三〇年四月一日から施行されることとなり、特別都市計画法は廃止された。

右土地区画整理法の施行に伴い、本件事業は法三条四項の規定により施行される土地区画整理事業となつた(土地区画整理法施行法五条一項)。これに伴つて、昭和二二年八月二九日告示にかかる広島特別都市計画事業復興西部土地区画整理施行規程は廃止され、新たに土地区画整理法六九条の規定による「広島平和記念都市建設事業西部復興土地区画整理事業施行規程」(昭和三一年広島県規則第九号)が制定された。

(五) 事業計画の変更

(1) 本件整理事業計画の内容は、昭和二二年六月一〇日決定された広島市西部復興土地区画整理設計書のとおりであつて、土地区画整理法施行後は、同法施行法五条二項の規定により土地区画整理法の規定によつてその事業計画が定められたものとみなされることとなつた。この事業計画の第一回変更は、昭和三四年七月九日に行われた。

その理由は、特別都市計画を変更する広島平和記念都市建設計画が昭和二七年三月三一日に定められたため、設計の内容がこの平和記念都市建設計画と適合しなくなつたこと、国庫補助金の打切り措置に伴い、工区を分けて事業を実施すべき必要が生じたことなどによる。

右事業計画変更の主たる内容は、己斐町及び庚午町の一部、福島川廃川敷などが施行地区から除外されたこと、工区を一工区と二工区に分けて事業を実施することとなつたこと、設計の内容を広島平和記念都市建設計画に適合するよう変更したこと、保留地予定地積一万〇八六九坪八合八勺を定めたことなどである。

(2) 右事業計画の変更により、施行地区が一工区と二工区に分離されたことに伴つて、いわゆる飛換地という現象が生ずることとなつた。すなわち、既に仮換地の指定がなされていたものが、中途において工区が分割されたため、二工区となつた区域内に存する従前地に対して一工区となつた区域内に仮換地が指定されていたものが、結果的に飛換地となつたものである。

(3) 本件整理事業計画は、昭和三五年四月一五日に第二回目の変更が行われた。この変更は、二工区を都市改造事業として実施するにあたり、既定計画を再検討した結果変更したものであつて、一工区については何らの変更がなかつた。

(4) 昭和四二年九月二九日に第三回目の事業計画の変更が行われた。この変更は、福島川廃川敷との境界線を一部変更したこと、区画街路の一部変更を行つたこと、保留地の予定地積を一万〇八六九坪八合八勺から一万五三八〇坪六勺に変更したことが主な内容である。

(六) 換地処分

(1) 以上のような経過をたどりながら本件整理事業が行われ、仮換地の指定、建築物その他の工作物の移転、街路・公園事業の実施、電柱・ガス管・軌道・上下水道の移設などの工事を実施してきた。しかして、昭和三〇年三月ごろには、これらの工事もおおむね完成しほとんどの土地所有者も仮換地を使用収益するという状態になつた。そこで被告は、昭和三一年ごろから換地計画策定に必要な宅地の評価作業に着手した。すなわち、同年五月から七月にかけて、評価員に依頼して施行地区内から抽出した約一二〇か所の標準画地の評価を行つたのをはじめとして、昭和三四年から昭和三五年にわたりたびたび評価員会を開いて本件土地区画整理事業施行前及び施行後の路線価指数について審議し、それぞれの路線価指数を定めた。更に、昭和三九年から昭和四二年にかけて評価員会を開き、この路線価指数を再検討するとともに、路線価指数一点あたりの単価を決定し、施行前及び施行後の宅地各筆の評価額を算出した。

(2) 右宅地の評価に続いて換地計画の策定を行つたが、この法定手続に入つたのは昭和四三年からである。

すなわち、まず換地計画を作成し、昭和四三年三月九日に土地区画整理審議会に諮問したところ、問審議会は、同月一一日からこの審議に入り、爾来八か月にわたつて審議した結果、同年一一月一一日に答申した。そしてこの換地計画は、同年一二月三日から一六日までの二週間公衆の縦覧に供されたうえ、法八八条所定の手続を繰り返して、昭和四四年六月二日決定された。

(3) 換地処分は、昭和四四年七月七日関係各権利者に通知して行い、同年八月一九日広島県報に登載して換地処分をした旨の公告をした。

また、換地処分に伴う登記については広島法務局長に嘱託し、同年一一月二三日にはすべての登記が完了した。

2  本件整理事業には、原告ら主張のごとき瑕疵は存しない。

(一) 平均減歩率について

(1) 本件事業における平均減歩率は二割二分五厘であり、右減歩率は、他の地方公共団体の区画整理事業における平均減歩率が次のとおりであることに対比すると、特別に過大でないこと明らかである。

イ 徳島市  一工区  〇・二五六五

二工区  〇・三〇二九

ロ 下関市       〇・二七四

ハ 宇部市  一工区  〇・二六六

二工区  〇・二六三

三工区  〇・二三五

ニ 岩国市       〇・三四四

ホ 高松市第一次処分地区〇・二五

第二次処分地区〇・二五

第三次処分地区〇・二五

二工区  〇・二五

ヘ 大分市       〇・二四

卜 福岡市       〇・二五五九

チ 久留米市      〇・二三

リ 釧路市       〇・二四五

ヌ 本別市       〇・二四四

ル 函館市       〇・三二三三

ヲ 仙台市  一工区  〇・二四八六

二工区  〇・二六〇三

ワ 平塚市       〇・二七五(三工区平均)

カ 東京都  五地区  〇・二六六

六地区  〇・二四五

七地区  〇・二四六

八地区  〇・二九八

一〇の一地区  〇・二九三

一一地区  〇・二五四

二五地区  〇・二九

ヨ 和歌山市      〇・二四七五

タ 呉市        〇・二二七七

(2) ところで、土地区画整理事業は、都市計画区域内の土地について、公共施設の整備改善をするとともに、土地の区画形質の変更をすることによつて、宅地の利用の増進と健全な市街地の造成を図ることを目的としている(法一条、二条)ものであつて、本件事業においても、道路、公園等の公共施設の新設又は変更のために相当の地積が当てられている。これは戦災によつて灰じんに帰した広島市を復興し、健全な市街地の造成と宅地の利用増進を図るためであるから、土地所有者らが、所有権に内在する社会的制約として、右事業による減歩を受忍しなければならないことは、憲法二九条二項の規定により明らかである。

(二) 未指定地について

(1) 未指定地の生じた経緯

本件整理事業は前述したとおり、昭和二一年一一月一日に事業決定され、これに伴い被告は「広島市西部復興土地区画整理設計書」を作成し、昭和二二年六月一〇日に告示した。また同年九月から仮換地の発表を始め、昭和二四年三月までには殆んど全区域にわたつて仮換地の発表を行い、これと並行して仮換地の指定ができ得る状態となつた区域から部分的に仮換地の指定を行つた。

ところが、昭和二七年三月計画が変更されたことにより、当初計画で公共施設用地として予定されていた土地のうち、六万〇三六〇坪が公共用地から除外されることとなつた。本件における未指定とはこれを指称するものであつて、それは前述の如く、連合国軍の指令という超法規的な事態によつて生じたものである。

(2) 未指定地の処分方法について

イ 未指定地六万〇三六〇坪の処分については、前述のとおりであるが、その内容は、うち約二万〇九六八坪につき、法九一条三項、四項の規定による過小宅地・過大宅地に対する方針を変更して(すなわち、従前は不換地とされていたものにつき換地を交付することとし、あるいは過大な宅地につき強減歩されていたものの減歩率を緩和して通常の換地として)、その地積にあて、また、うち約一万五三七九坪を保留地として売却し、その代金を事業費に充当し、残りの約二万四〇一三坪をいわゆる一坪・二坪換地の対象とした。

ロ ところが、原告らは、右未指定地は減歩された地主に対して、減歩地積に按分して返還すべきであると主張する。

ハ しかしながら、昭和二四年三月にはほぼ全域にわたつて仮換地の発表を行い、これと並行して道路等の工事の進捗により、仮換地指定ができ得る状態となつた地区から逐次仮換地指定を行つたのであるが、広島市の早期復興を図るとともに、続々と帰つてくる疎開していた人々や外地からの引揚者をはじめとする多くの市民の強い要望に応えるため、本件事業の施行に支障のないものについては、発表した仮換地について仮換地指定前においても、その使用収益を認めざるを得なかつた。その結果、前述の「戦災復興都市計画再検討実施要領」が通達された昭和二四年六月にはかなりの権利者が発表又は指定された仮換地の上に建物を建築又は移転するなどして仮換地を使用収益しており、また、当初の計画を変更した昭和二七年三月時点ではほとんどの権利者が、同様に仮換地を使用収益していたのである。原告らの主張に従うならば、右通達があつた以後において、換地の設計をやり直して仮換地を変更し、既に建築されていた建物を更に除却又は移転しなければならないこととなる。しかし、既にほとんど全地区について行つていた換地の設計をやり直すとなると相当の年月を要する(現に右通達に基づき公共施設の縮少等を行つた計画の変更でさえ完了したのは、前述のとおり昭和二七年三月である。)のみならず、その間、長期にわたつて事業の施行は中断し、戦災復興は進まず、また、住民は仮換地の変更が予定されているため、新築も改築も思うにまかせず、極めて不自由かつ不安定な生活を強いられることになるのであつて、このため住民と地域社会の受ける不利益は測り知れないものがある。加えて、長期間にわたる事業の中断の後、仮換地の変更を行えば、当初の仮換地の発表又は指定に従つて建物の建築又は移転をし、ようやく生活の安定しかけている状態にあつた多くの権利者に再び建物の除却又は移転を強制することになるのみならず、場合によつては、上下水道、電柱等の移設も行わなければならないこととなるのであつて、そうなれば、直ちに多くの権利者の生活が脅かされ、社会的混乱を惹起するとともに事業費を膨張させ、権利者の負担を大きくさせることになつたであろうことは容易に想像できるところである。要するに、事業に着手して数年経過した後に施行地区内全域にわたつて仮換地を変更して事業を振出しに戻すなどということは、当時の社会情勢や多くの権利者の生活基盤が安定しかけていた当時の状況からすると到底不可能であつたのである。

ニ 一方、未指定地をすべて保留地として処分すれば、被告としては事業費の負担は軽減されるが、土地所有者らには何ら利益が還元されないこととなるのである。

そこで、被告は、右未指定地の処分方法について、昭和三一年一月三一日に土地区画整理審議会に諮り、その意見を聞いたうえ、同年一〇月三〇日「未指定地売却基準」を作成し、これに従つて六〇七筆を処分し、元地である県有地の売却代金一億九〇〇〇万円は清算金に繰り入れ、清算金の交付という形で、金銭により減歩地主らに還元することとなつた(元地売却については、右基準に従い、原則として一般競争入札によることとし、落札にあたつては、一筆ごとに審議会に諮つたうえで決定し、公正を期している。)。

(3) 一坪・二坪換地の適法性

イ 一坪・二坪換地とは、前記未指定地の一部である二万四〇一三坪を土地所有者に還元する方法としては、前述のとおり金銭によらざるを得ないとの観点から、広島県所有地六七二坪(六〇七筆)を元地とし、これに対する仮換地として右二万四〇一三坪を指定し、従前の土地(元地)一坪ないし二坪を処分することによつて、元地の買主が仮換地として指定された土地の使用収益権を取得することとしたものを指称するものであつて、法九一条一項を類推適用して行つたものである。

ロ もつとも、かかる換地について定める規定はないが、何人も予測し得なかつた事由によつて、公共用地の削減に伴う未指定地が生じたのであつて、これをどのように処置するかは、いわば緊急避難にたとえられるものであるから、同法の目的内容に照らして、施行者の合目的的な裁量によつて決定するほかに方法のないことは自明の理である。したがつて、それが裁量権の濫用に該当しないかぎり、違法ではないと解すべきである。

ハ また、この一坪・二坪換地によつて、原告らは損失を受けていない。

原告らに対する関係において、一坪二坪換地が原告らに対する換地処分の取消原因となるためには、一坪二坪換地によつて原告らの権利が侵害されたことを要する(行政事件訴訟法九条)ところ、すでに主張したとおり、原告らは昭和二二年六月一〇日告示された「広島市西部復興土地区画整理設計書」所定の計画に基づく仮換地の発表又は指定を受けており、一坪二坪換地はその後の事情の変更に基づく公共用地の縮少により生じた未指定地について行われたものであつて、これにより原告らが従前の所有土地に対して換地を受けるべき権利はいささかも侵害されてはいないのである。この段階での土地所有者の立場としては、未指定地がすべて保留地として処分され、利益の還元を全く受けないか、本件の如く一坪二坪換地の手続を用いて実質的に未指定地の売却がなされ、売却代金を清算金の形で還元を受けるかのいずれかであつたのである。しかして、後者の方法がとられ、土地所有者は利益の還元を受けたのであるから、原告らは一坪二坪換地により利益こそ得、権利を侵害されたことは全くない。従つて、仮に一坪二坪換地が照応の原則に違反したとしても、右違法は原告らに対してなされた換地処分には何らの不利益を及ぼすものではないところ、行政処分の取消を求める者は自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消を求めることができない(同法一〇条一項)のであるから、右違反は換地処分取消の理由となるものではない。

(三) 測量増地について

(1) 被告は、前述のとおり昭和二二年二月ころ、施行地区全体及び公共施設用地についてその現形測量を実施したが、当時は原爆被爆直後であつて、土地の境界は明らかでなく、多数の所有者が所在不明のため立会を求めることすら不可能な状態であつた。この測量を行つた結果、施行地区内において、公簿面積に比して三万二二〇五坪の面積増加があつた。しかし、これは一工区の全面積一四四万坪の約二パーセントにすぎず、被告は、この増加分を公共用地にあてた。

(2) 一方、被告は、昭和二二年一一月二〇日地主に対し、実測面積と公簿面積とに差があるものは、昭和二三年一月三一日までに申し出るべきこと、申出に理由があると認められるときは地積訂正の手続をとる旨公告した。そして右の申出があつたものについては、調査のうえ現実に地積訂正の手続がとられた。

(3) ところで、区画整理においては、すべての宅地について公簿面積によらず、実測面積によつて確定することが望ましいのであるが、前述のような事情の下では、実際上、広汎かつ多数の宅地について、短期間のうちに実測を行うことは困難であるところから、地積確定方法として、一定期日における土地台帳記載の面積によることとし、同時に、一定期間内に宅地所有者から実測面積による公簿面積の訂正を施行者に申請し得る方法を採り、しかも、前述のように、右測量増地を公共用地にあてているのであるから、これをもつて違法ということはできない。

(四) 増換地について

数筆の宅地を所有している者については、その希望又は承諾の下に、各筆を均筆に減歩することに替え、一部の宅地については換地を不交付又は減歩を大とし、他の一部の宅地については増換地をし、それらを併せて、他の所有者の換地との均衡をとつたケースがある。しかし、その目的は、換地の利用価値をより増進させようとすることにあり、このような手法は、総合調整方式と呼ばれ、現に多くの事業において採用されているところであり、何ら違法不当なものではない。

(五) 飛換地について

(1) 昭和二二年六月一〇日、本件整理事業について当初の事業計画が告示されたときには、現在の一工区と二工区との区別はなく、両者が一つの施行地区として決定されていた。

ところが、昭和三四年度をもつて戦災復興都市計画事業に対する国庫負担金が打ち切られることになつたため、事業のほとんどが進捗していなかつた福島地区(二工区に相当する地区)を切り離して、その余の地区(一工区に相当する地区)の事業の完成に努力を集中することとなつた。そのため、昭和三四年七月九日に事業計画を変更して、一工区(一四二万坪)と二工区(一〇万坪)に分離した。けれども、仮換地の発表は昭和二二年から二四年にかけてなされていたところから、右工区の分離により、現在の二工区内の土地所有者に対する仮換地が一工区内に指定されているという現象が生じ、結果的に工区間飛換地ということになつた。

(2) なお、二工区については、昭和三四年度以後も都市改造事業として引き続き国庫補助のもとに施行されることになつたが、昭和三五年四月一日に既定の計画が変更された。このため二工区における仮換地については、昭和二四年三月三一日に発表したものを廃して、新たな計画に適合するよう昭和三七年一月一三日に仮換地の指定が行われた。しかし、一工区内に仮換地が指定されていたいわゆる工区間飛換地については、既に仮換地の使用収益がなされていたので、取り消すことなく、そのまま存続された。

(3) ところで、工区間飛換地については、法的にも問題はなく(法九五条二項)、また実際上の必要から現に行われているところであつて、かかる方法も、関係権利者に不利益を及ぼさない配慮がなされているかぎり、有効と解すべきである。

(六) 広島市有地に対する換地について

広島市有地につき増換地が行われたのは、いわゆる普通財産に属する土地ではなく、公用又は公共用財産たる学校、消防出張所等の敷地についてである。そして、かかる宅地に対する増換地は、法九五条に特別の宅地に関する措置として規定されているところである。また本件の場合、被告は右増換地をするにつき土地区画整理審議会の同意を得て実施し、一般の評価額により合計一億五三〇〇万円の清算金を広島市から徴収している。

(七) 保留地の処分について

(1) 土地区画整理事業においては、保留地の処分によつて事業費を捻出することができ、法一一八条は、事業に要する費用は施行者が負担することを定め、法九六条は、事業施行の費用に充てるため保留地を定め得ることを規定している。これらの規定を受けて、施行規程六条において、保留地の処分についての規定が設けられているのである。

(2) 保留地の処分代金は、広島県において「広島平和記念都市建設事業西部復興土地区画整理事業特別会計」を設けてこれに繰り入れ、そこから事業費を支出しているのである。これが右規程六条にいう「事業費は広島県が負担する。」の意味である。ちなみに保留地の処分代金のみにては事業費が不足したので、広島県は一般会計から右特別会計へ毎年繰り入れを行い、その合計額は六億八九三七万円に及んだのである。

(3) 保留地は、昭和三四年七月九日変更した事業計画においては約一万坪と定められていたが被告は昭和四二年九月二九日変更した事業計画においてこれを約一万五〇〇〇坪と定めた。これは法九六条二項の規定による事業施行後の宅地の価額の総額約八〇億円と事業施行前の宅地の価額の総額約七二億円との差額約八億円の範囲内で定めたものである。

なお、被告が作成した清算金総括表の宅地の評定価額は、施行前の宅地の評定価額の総額と施行後の宅地(保留地を除く)の評定価額の総額が一致するよう作成したものである。したがつて、整理前後の宅地の価額総額の差は零となつているから、本件においては保留地を設定することは許されないという原告らの主張は失当である。

(4) 保留地の処分については、昭和三二年に、評価員の意見を聞いて定めたものに準拠して処分した。なお、保留地の売却代金は本件事業費総額の約二割にしかあたらなかつた。

(八) 国道、平和公園のただ取りが違法であるとの主張について

(1) 土地区画整理事業は「公共施設の整備改善及び宅地の利用の増進を図る」(法二条一項)ことを目的とするものであつて、事業計画においては、環境の整備改善、交通の安全、災害発生の防止その他「健全な市街地を造成するために必要な公共施設及び宅地に関する計画が適正に定められていなければならない。」(法六条二項)のである。換言すれば、土地区画整理事業とは、都市計画区域内における一定範囲の土地を区画整理施行地区とし、右地区内の土地はこれを一団とみなし、その中から必要な公共用地を控除した残地の区画形質を整然としたうえ、従前の土地に照応する土地に権利の移動をさせるものである。

(2) しかして、私有地も、関係土地所有者の利益のみならず、社会の福祉すなわち不特定多数人の利益に適合せしめることが必要である。このことは、憲法二九条二項及び民法一条一項の宣言するところであつてこれらの法条にいう公共の福祉とは、国民全体の利益と解すべきことは言うまでもない。本件事業の事業計画は、公共の福祉の増進に資することを目的として都市計画法に定めるところにより決定された都市計画に合致させたものである。

(3) したがつて、右計画に基づいて、従前地の一部を国道、公園等の公共用地としたことに何らの違法はない。

(九) 清算評価時点ならびに評価方式について

(1) 清算金の制度は、本来関係権利者相互間の利害の不均衡を是正することを目的とするものであるところ、本件事業において、昭和三〇年三月ころにはおおむね仮換地上への建物の移転ないし街路工事等が完成し、ほとんどの土地所有者もまた同時点において、事実上権利関係が確定したものとして、生活ないし権利関係を生成発展させていたのであるから、右時期における時価相当額をもつて清算金算定のための評価額とするのが最も合理的というべきである。

(2) すなわち、本件整理事業は、前述のように、戦災によつて灰じんに帰した広島市を復興し、健全な市街地の造成と宅地の利用の増進を図るために、昭和二一年に着手し、昭和三〇年三月ころにはおおむね仮換地上への建物の移転ないし街路工事も完成し、昭和四四年に至つて本件換地処分がなされたものであるところ、いかなる価額をもつて右清算金算出のための評価額とするかは、多数の関係権利者の利害に影響するところも極めて大きく、困難な問題である。たとえば、本件換地処分において清算金を交付される者と、徴収される者とは相半ばするところ、交付される者は昭和四四年当時の時価を主張し、一方徴収される者は、昭和二一年当時、あるいは仮換地指定当時(昭和二二年から二四年まで)の時価を主張しているのである。

(3) 本来清算金の制度は、換地の不均衡から生ずる関係権利者相互間の利害の不均衡を是正することを目的とする制度であるが、昭和四四年当時の時価を右評価額とすることは、昭和三〇年以降からの土地価格の上昇指数が他の物価上昇指数と比べて異常に高く、区画整理事業の要因以外のものを含んでいると言わざるを得ないことなどからして不当であることは明らかであり更に右区画整理事業の要因以外のものを除去して、昭和四四年当時の時価を算出することも事実上不可能である。仮に可能であつたとしても、その結果清算金を徴収される者は、これが支払いのために、場合によつては既に建物敷地となつている換地を処分しなければならなくなるという深刻な事態を生ずる恐れもあり、かくては土地区画整理事業の本来の趣旨とも相反することにもなるから、昭和四四年当時を基準として右価額を決定することは合理的でない。

(4) また、昭和三〇年三月ころには、本件事業においておおむね仮換地上への建物の移転ないし街路工事等が完成し、ほとんどの土地所有者もまた、同時点において事実上権利関係が確定したものとして、これが使用収益をなし、あるいはまた昭和四四年当時の時価を基準として清算金を徴収されることなど全く予想もせずに、これを処分しているのである。

これを要するに、関係権利者は昭和三〇年三月ごろに、本件事業における権利関係は事実上確定したものとして、これを基礎にして生活関係ないし権利関係を生成発展させているものということができる。

(5) ところで、清算金をいつの時点を基準として算定すべきかについて、法は何ら明文の規定をおいていない。したがつて評価時点をいつにするかは、処分権者の合理的な裁量に委ねられているのであるが、清算金制度が土地区画整理事業の施行による宅地の利用増進という事業効果を施行地区内の宅地等の権利者に不均衡が生じないように還元するものであるから、その基準時は、土地区画整理事業による工事概成時とするのが最も合理的である。すなわち、右事業の効果が表面化してきた時点において、既に換地相互間の不均衡が生じていると言えるからその不均衡を是正すべき清算金は不均衡が現実化した時点において生ずべきものであり、そして、事業効果の表面化する時点とは、工事の概要が現実に明らかになつた時点である工事概成時とするのが合理的である。

(6) もつとも、法一〇四条七項は「清算金は、換地処分の公告日の翌日に確定する。」旨規定しているが、これは、必ずしも、清算金の算定基準日が換地処分時であることを意味しているものではない。ここに言う「確定」とは清算金の徴収・交付の権利義務がその時に具体化することであつて、右の確定時と算定基準時とを同一に解すべき論理的必然性は何ら存しない。前述したように、利用価値の不均衡は工事概成時において表面化するのであるから、その時に清算を行うべき状況が現出したと言えるが、この意味においては、この時点で清算金に関する抽象的な権利義務が発生し、それが換地処分の公告によつて具体化するとみることもできよう。このように理解することが、法一〇二条の仮清算の制度が設けられていることとも合致するのである。

(7) また、法は、換地計画において清算金額を明示することを要求している(法八七条三号)が、仮換地に先立つて換地計画が策定される場合も予定しており(法九八条一項本文後段)、他方、「換地処分は、土地区画整理事業の工事が全部終了した後でなければ、原則としてすることができない。」旨規定している(法一〇三条二項)のであるから、清算金が定まつてから換地処分に至るまでに相当の時間的間隔のあることを当然に予定している。このような場合、換地処分時を基準時として清算金を算定するということはそもそも不可能を強いることになるのであつて、それより相当前の時点を基準日として算定しなければならないことになる筈である。このようにみると、算定基準時を工事概成時としたことに十分な合理性があると言うべきである。

(8) なお、清算金算定の方式についても、被告は「路線価式評価法」を採用し、評価員の意見を聞いてその額を合理的に決定した。

「路線価式評価法」とは、一個の街郭に属する画地の画一性に基づいて街路ごとにこれに接する標準地を選定して、その単位地積に対する価額(路線価)を定め、これを基礎として、これに個々の画地の特殊性に基づいて増減する価額を附加もしくは控除して算出する方法である。この評価法は関東大震災後になされた東京・横浜両市の震災復興後における土地の評価について採用されて以来、土地区画整理事業においては広く用いられており、戦災復興院(建設省の前身)も戦災復興事業について採用した。けだし、広範囲にわたり多数の土地等を評価する場合、客観的且つ合理的にしかも能率的に評価できる点において、最も優れた理論的、科学的な方法であることによるものである。

(一〇) 換地各筆の照応性について

原告らは、本件処分の元地と換地とを比較すると、その位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等につき、いずれも換地の方が極端に劣つていると主張しているが、右主張には全く具体性がないのでその主張自体失当である。本件事業は、その区域内の土地について、公共施設の整備改善及び宅地の利用の増進を図ることを目的としたものであるが、右目的に沿つた成果を得るばかりでなく、換地前後の土地が照応するように客観的な基準たる換地準則を定め、すべての土地についてこれを適用してなしたものである。その結果として、広島市が近代的な都市として著しく発展していることは公知の事実である。

(一一) 舟入川口町等について

原告ら主張の地区で、昭和九年区画整理がなされているが、当時の区画整理は、道路が狭く到底現在の社会情勢に対応できるものではなかつたので、原爆によつてこれらの地域の建物が破壊された機会に、広島市全体の近代的都市計画事業施行の必要上、これらの区域をも本件事業の施行地区に加えることが公平の見地からも妥当であつたのである。もし本件事業が行われなかつたならば、この地域については本件事業が施行された地域と齟齬を生じ、都市機能としては見劣りしていたことはいなめないところである。

したがつて、本地区は、旧特別都市計画法三条の規定により特別都市計画として決定された広島復興都市計画土地区画整理区域(昭和二一年一〇月四日戦災復興院告示第一九九号)に当初から編入されていたのである。

ちなみに、昭和九年施行のものと本件事業との街路幅員を比較してみると、補助街路については、前者は三・六メートルないし六メートルであつたものが、後者では六メートルないし一〇メートルに拡幅(ただし、一部においては、舟入地区住民の要望により四・五メートルとしたところもある。)されており、幹線街路については、前者の東西線が四メートルであつたものが、後者では二〇メートルに、前者の南北線が二二メートルであつたものが、後者では三〇メートルに拡幅されており、この地区においても公共施設の整備改善及び宅地の利用増進が図られているのである。

なお、当該地区にあつては、結果的に二度の区画整理が行われたことになるが、だからといつて他地区と比較して不利益な取扱いを受けた事実はないのであるから、原告らの主張は失当である。

(一二) 換地計画決定前の仮換地指定について

原告らは、換地計画を作成決定する前に換地予定地的仮換地を指定し、工事を実施したのは違法であると主張している。

しかしながら、本件事業における仮換地の指定のほとんどのものは、昭和三〇年三月頃までに、特別都市計画法第一三条第一項の規定に基づいて行つていたのであるが、同項は、「土地区画整理のため必要があるとき」は仮換地を指定することができると定めているのみで、換地計画に基づいて仮換地の指定を行わなければならないとは定めていなかつたのである。

また、その後の仮換地の指定は、土地区画整理法第九八条第一項の規定に基づいて行つたのであるが、同項は、仮換地の指定・変更は「土地の区画形質の変更若しくは公共施設の新設若しくは変更に係る工事のため必要がある場合」(以下、「前半の場合」という。)又は「換地計画に基づき換地処分を行うため必要がある場合」(以下、「後半の場合」という。)に行うことができると定めているのみで、事業施行中に一時的に利用する仮換地(以下「一時利用地的仮換地」という。)の指定は前半の場合にのみ、将来的にはそのまま換地となる仮換地(以下、「換地予定地的仮換地」という。)の指定は後半の場合にのみ、それぞれ行うことができるとは定めていないのである。したがつて、後半の場合には、仮換地指定が行われる前に換地計画が定められていることを要するけれども、前半の場合には、工事のため必要があれば換地予定地的仮換地であると一時利用地的仮換地であるとを問わず指定することができ、換地予定地的仮換地を指定する場合でも換地計画に基づくことを要しないのである。

けだし、このように解しても、仮換地の指定は、同条第二項の規定により、同法に定める換地計画の決定の基準を考慮してなすことが要請されているのであり、また換地処分が最終的には換地計画に基づかなければならないことになつているため、換地計画については、いずれにしても、関係権利者に縦覧、意見書の提出の機会が保障され、関係権利者の保護について十分配慮されているのであるから、何らの不都合はないのである。

また、換地計画において定めなければならない事項の一つに各筆各権利別清算金明細がある(同法第八七条第三号)が、それを定めるに当たつては、従前地及び換地の評価を行わなければならない。しかし、土地の評価時点として最も妥当な工事概成時の前に各筆各権利別清算金明細を定めることは、実務上は極めて困難なことであり、更に原告ら主張のごとく工事開始時前に換地計画を定めることは不可能である。

事業の着手から換地処分までに相当の年月を要するのが一般的である(事業の進め方としては、〈1〉施行地区の決定、〈2〉現形測量・調査の実施、〈3〉事業計画・施行規程の決定、〈4〉審議会委員の選挙・評価員の選任、〈5〉換地の設計、〈6〉仮換地の指定(発表)、〈7〉建物等の移転・道路等の工事、〈8〉町界・町名・地番の変更・整理、を行つた後に換地計画を決定して換地処分を行うのが一般的である。)ため、換地計画を仮換地指定の前に決定しなければならないとすれば、換地計画決定後権利者の移動があつた場合はその都度換地計画を変更する必要が生じ、事業の進捗が遅延することになるのであり、不都合である。

なお、本件整理事業における仮換地指定処分には、以上述べたとおり、原告らが主張するような違法は存しないが、仮に、仮換地指定処分に瑕疵があつたとしても当該仮換地指定処分が、最終的に換地計画に適合しておれば、当該瑕疵は治癒されるものであり、また、そもそも、土地区画整理法に基づく仮換地指定処分と換地処分は、先行処分と後続処分の関係に立つものであるが、それぞれ独立した行政処分であつて、仮換地指定処分は換地処分の効果が発生するまでの間の暫定的な効果しかなく、仮換地指定処分に固有の瑕疵は換地処分の効力に何ら影響を及ぼすものではないから、換地計画決定前の換地予定地的仮換地指定という同処分固有の瑕疵をもつて本件換地処分の取消しを求めることは失当である。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の趣旨1項及び3項の訴について

1  土地区画整理事業計画は当該事業の基礎的事項を一般的、抽象的に決定するものであつて、その後になされる換地処分の設計図的性質を有するものであるから、事件の成熟性を欠くだけでなく、既に換地処分がなされた場合には、具体的換地処分について争えば足り、事業計画自体の取消を求める利益はないというべきである。また、原告らはいずれも、原告らに対してなされた個々の換地処分の取消を求めており、右以上に、第三者に対する換地処分を含めた本件換地処分全体の取消を求める利益を有しないと解するのが相当である。

2  次に、換地処分の公告は、これによつてすべての換地処分の効果を一斉に発生させる効果を生じさせる(法一〇四条)。

若し、原告らに対してなされた換地処分が取消されれば、右公告の原告らに対する換地処分の公告は、基が失われたことになるから、その効力も生じないこととなる。従つて、原告らとしては、原告らに対してなされた換地処分の取消を求めれば足り、第三者に対する換地処分の効力をも左右することとなる換地処分全体の公告を取消すべき利益を有しないと解するのが相当である。

二  請求の趣旨2項の訴について

1  請求原因1及び2の各事実については、相続関係の事実を除いて当事者間に争いがなく、相続関係は弁論の全趣旨によつてこれを認める。

2  原告ら主張の違法事由のうち、一坪、二坪換地について判断する。

(一)  本件整理事業計画の変更に伴い、従前予定されていた公共施設のための用地が縮少したために生じた余剰地(未指定地)のうちの二万四〇一三坪の処分について、広島県の所有地六七二坪(六〇七筆)を従前地とし、これに対する仮換地として前記二万四〇一三坪を広島県に指定し、しかる後に、従前地の一坪ないし二坪を売却することにより、その買主に対して仮換地(終局的には換地)として指定された土地の使用収益権(終局的には所有権)を賦与したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第六号証、第七号証、第八号証の一ないし三、第九号証の一、二、証人茂森拓、同広岡昂の各証言によると、右本件整理事業の変更は昭和二七年三月ころなされ、一坪、二坪換地の仮換地の指定は昭和三一年ころから昭和三六年ころまでの間になされたことが認められる。

(二)  原告らは、前記未指定地は、減歩された地主に対して按分して返還すべきであり、そのために換地設計そのものを変更すべきであつた旨主張する。

しかし、行政処分の変更は、当該行政処分によつて種々の利益状態が形成されるので、当該行政処分の効果をそのまま維持することの公益上の不都合と、それを変更することによつて生じる関係人の不利益とを比較し、公益上やむを得ない必要性があると認められるときに限り許されるものと解するのが相当である。

(一)に掲記の証拠に、成立に争いのない乙第三三号証の一ないし一三、証人西春雄の証言を総合すると、本件整理事業の変更がなされた昭和二七年当時における本件整理事業の進展状況について、被告主張の事実欄四2(二)(2)ハの事実を認めることができ、既に形成されていた右認定の関係人の種々の権利、利用関係を覆えすことは公益上許されるべきではなく、原告らの前記主張は採用できない。

(三)  ところで、仮換地の指定については、仮換地と従前地とが照応していること及び各仮換地の指定が互に公平に行われることが要請されており、右要請は換地処分についても同様である(法九八条二項、八九条)。

前記(一)の一坪、二坪換地は、従前地との面積との対比が三五・八倍もの増歩となるものであり、成立に争いのない甲第一号証によつて認められる本件整理事業における全体の平均減歩率が二割二分五厘である(一坪、二坪換地を除いた民有地の平均減歩率は二割六分二厘である)ことに対比すると、前記照応及び公平の原則に反し、違法なものといわざるを得ない。

(四)  被告は、一坪、二坪換地は、法九一条一項を類推適用して行つた旨主張するが、右換地処分の従前地が一坪ないし二坪といつた過少の土地であることは、被告が右換地処分をなすために、作為的に作出したものであるから、同条の類推適用は許されないというべきである。

(五)  次に被告は、一坪、二坪換地は、それによる売却代金を清算金の形で土地所有者に還元させるために行われたもので、被告が本件整理事業を遂行するについて有している裁量権の範囲内に属する処理である旨主張する。

しかし、土地区画整理事業は補償による土地の収用ではなく、あくまでも健全な市街地の造成のための土地の再配分を目的とするものであるから、土地の代りに金銭を与えれば良いといつたものではなく、また被告の有する裁量権も、照応及び公平の原則に反したものであつてはならないから、右主張も採用できない。

(六)  更に被告は、一坪二坪換地により、原告らは現実に何ら権利を侵害されていないから、行政訴訟法九条、一〇条一項により、原告らに対する換地処分の取消を求めることはできない旨主張するが、照応の原則や公平の原則は地権者全員の利益を保護するための法理であるから、原告らが現実に如何なる損害を受けたか否かにかかわらず、右原則に違反したことを理由として原告らに対してなされた換地処分の取消を求めることはできるというべきである。

3  そうすると、原告らに対する換地処分は、その余の点について判断するまでもなく違法な処分というべく、従つて、本来であればこれを取消すべきである。

しかし、前記認定のように、本件整理事業の進展に伴ない、昭和二七年当時においても既に覆えし得ないような種々の権利、利用関係が生じており、その後更に二〇年以上を経た今日においては、より複雑な権利、利用関係となつていることは容易に推認し得るところである。原告らに対する換地処分を取消せば、本件換地処分全体の修正が必要となる結果、前記の何十年にわたつて築かれた権利、利用関係を覆えさざるを得ないこととなるが、それは事実上不可能ともいうべく、公の利益に著しい障害を生じることは明らかである。他方、原告らに対する換地処分を存続させることによつて、仮に原告らに損害が存したとしても、右公の利益に対比すると僅少であることは容易に推認されるところであり、その他前掲各証拠によつて認められる本件整理事業の背景、経緯等一切の事情を考慮すると、原告らに対する換地処分を取消すことは公共の福祉に適合しないといわなければならない。

三  以上の次第で、請求の趣旨1項及び3項の訴はいずれもこれを却下し、請求の趣旨2項の請求については行政事件訴訟法三一条一項により事情判決をすることとし、訴訟費用の負担について同法七条、民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 出嵜正清 加藤誠 大泉一夫)

当事者目録、別表(一)、(二)〈省略〉

別紙 換地処分(変更をふくむ)通知一覧表

各換地処分(変更を含む)通知につき、通知の内容中特定に必要な下記のものを除き他を省略する。なお、通知の名宛人で原告となつていない所有者については、その氏名を括弧書きとした。

処分の区別

原告番号

所有者氏名

従前の土地

換地処分後の土地

広島市

街区番号

広島市

町名

地番

地目

地積(坪)

町名

地番

地目

地積(m2)

換地処分

1

岩城久吉

舟入川口町

451-3

宅地

37.00

舟入86

舟入川口町

12-10

宅地

101.78

2

3

吉田新太郎

吉田ヨシコ

水主町

344-1

110.23

中島23

住吉町

8-12

202.57

4

福井正輔

舟入町

59-3

43.61

舟入21

河原町

13-3

260.09

62-11

53.55

67-2

10.00

舟入川口町

384-4

12.00

法90条により金銭清算

法104条1項により消滅

以下省略

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